2012/06/04

未来からの追悼

 本日は、この国の社会を大きく変革するきっかけを作った偉大な人物に対する悼辞を、僭越ながら私が勤めさせていただきます。私は己の仕事を通じて、彼とは30年近くの付き合いをつづけてきました。私にとっての彼は偉大な業績を達した尊敬すべき人であり、またプライベートで見せる率直な人柄は愛すべき信頼に値する大事な友人でもあります。この度は彼の追悼にあたり、大きな業績と私の思い出より愛すべき姿を語ると共に、その最後を敬意と親愛をもって見送りたいと思います。
 彼は現在を築いた偉大な先達ですが、その業績を語るには、まず30年前に遡ってこの国を襲った悲劇を再び説明する必要があります。これはとても悲しい出来事で、いまだに傷が癒えない人々も居るでしょう。しかしこの悲しみを乗り越え、そして新たな道を築いてきた事を踏まえて、ここで改めて何が起きたかを総括します。


 
 30年前、それは未曾有の災害がこの国を襲った日でした。それまでこの国の人々は長く続きすぎた平和の為に、備えも危機に対応するすべも忘れ去っていました。人々は身近にある問題だけに注目し、明日も今日と同じような日々が続くと素朴に考えていました。
 しかし、突然襲った震災はそのような者達の甘さをあざ笑うかのように、一片の躊躇もない残酷さで襲いかかりました。まず始まりの大震災により、それまで人々が生活していた街を破壊しました。そしてさらに恐ろしい事には、数十分後には津波となって逃げ道を断たれた人々を押し流して、いくつもの街を飲み込んでいったのです。ですが、悲劇はそれだけにとどまりませんでした。


 震災や津波は天災であり、この国にすむ者は、悲しみや痛みと共に、歴史の中で何度もそれらを乗り越えてきました。しかし震災の後に起こった原子力発電所の事故は、人々が初めて遭遇する危機であり、同時に世界でも前例の無い人類が遭遇した最悪の厄災でもありました。そして人々を最も苦しめたのが、これが天災ではなく、この国に蔓延していた奢りと怠惰と不正義による人災だったということです。
 
 みなさんもご存知のように、この国に住む人々は本来とても謙虚で勤勉で助け合う事を知っている者達です。そして過去の幾つもの危機を乗り越えてきました。ですから、もしも30年前に襲ったこの災害が、天災であったならば、人々は誰の助けも借りずとも、必ず自分達で復興を成し遂げたでしょう、そして後から悲しみを乗り越えてきた事を誇りに思えたでしょう。


 ですが原子力災害の事故は天災ではなく、人災であり、人々にそれまでになかった大きな傷を与えました。それは何か? 一言で言えば「信頼の喪失」です。長く平和と繁栄が続いたこの国、その基礎はまさに「相互の信頼」によって成り立っていたものでした。しかし事故はそれを全て壊してしまいました。


 原発事故が起きた際、いったい何が起こったのでしょうか? それは裏切りです。一刻も早く、危険な事故現場から人々を退避させるべき時に、政府も官僚達もそれを行いませんでした。それは何故でしょう? 彼らは自分たちの怠慢と無知が公になるのを恐れたのです。そして誰もが責任を取る事を拒否し、結果として何も行わなかったのです。本来ならば事故が起こって爆発が起こる事が懸念される状態で、放射能の拡散予測を出して、100キロ圏内の住人を退避させるべきでした。退避できないならば、屋内に立てこもって被曝を最小限にとどめるように指示をするべきでした。
 ですが彼らはその程度の事も出来ませんでした。指導する立場の者達は、初めて出会った本物の危機に際してパニックに陥り、現実逃避をして、ただただ何事もなかったかのように振る舞う事しかしなかったのです。そして結果として多くの逃遅れた人々が被曝しました。


 しかし問題はそれだけではありませんでした。事故当時は確かに多くの人がパニックになったのでしょう。ですが過去のこの国の指導者、そして権力を持つ立場にある者達は、この大きな悲劇が起きた後にも、責任を追及される事をひたすら恐れ、そしてごまかしを続ける事を選択しました。その結果として何が起きたか? それは、もうみなさまはご存知でしょう。


 指導者達が色々な物事をごまかした結果として、ただでさえ大きな傷口はさらに広がりました。彼らは問題をとにかく小さく見せようと努力しました。あたかも、なんら放射能汚染は無かった、いままで通に普段を過ごせば良い、責められる事、問題など何もないのだと示すかのように。彼らは事故があったあとも、あたかも何も問題が無かったかのごとく扱おうとしました。


 それが後の数々の悲劇を産む事になります。全国に及ぶ放射能汚染の蔓延。そして被曝による遺伝子損傷による、二世、三世の苦しみの連鎖。しかも、それらは、本来は指導者を問いただすべき立場にあったメディアによって巧妙に隠され続けました。


 そこで何が起きたのでしょう? それは信頼の喪失であり、信頼を失ったこの国の終わりでした。人々は絶望したのです。これだけの悲劇がありながら、その罪を犯した者達が誰もさばかれない事を。そしてそれを正す事ができない自分たちの無力さを。そして長い目で見れば、駄目だと解っていながら、それらの負の連鎖を止めるだけの知恵が、この国の人間に存在しないという事を。なかでも、いちばん人々を絶望させたのは、私達はなんら変わる事ができないのだという諦めだったのです。




 結果として何が起こったかを説明します。政治はひたすら迷走を続けました。それは誰もが厳しい現実を見るのを恐れ、国民をごまかす為に、自分たち自身を騙し続けたからです。これは、いまの若い世代の人たちは信じられないことでしょう。危機が起これば、その原因を突き止め、そして対策を取ればいいのではないか? ごまかしによる問題の先送りはさらなる困難さを産むだけではないのか? そう、それは常識です。しかパニックに陥って自らを騙している人々には通じない理論です。
 幸運な事に、そして残念な事に、この国はあまりにも長い間、平和過ぎたのです。結果として、その当たり前の事が出来ませんでした。冷静に各自がやるべき事をやる。現時点において何を選択すべきか、選択によって将来何が起こるかを考える。そんな当たり前の事が出来ませんでした。当時の人々が行ったのはゴマカシ続ける事と誰かの揚げ足をを取る事の二つだけでした。そして皆が諦めに似た思いで考えました。これはこの国の政治家や官僚達では対処できない。さらには「この国にいる人間には解決する事はできない」と考えたのです。


 
 そんな絶望感に満ちた状況が、それまで無名だった1研究者であった彼を表舞台に出すきっかけとなりました。始めはとても小さな試みだったのです。ソフトウェアと人工知能の研究者であった彼は、知人だった他の各分野の研究者達と考えました。この国は危機的な状況にある。だが最も問題なのは、危機的な状況でありながら、全員が現実逃避をしているからだと。ゆえに、今までに無かった第三者の冷静な分析と判断によって状況を打開する必要がある。


 そして産まれたのが第7世代の人工知能であり、後に「7賢者」と呼ばれる知恵の雛形でした。だが彼は人間に絶望して人工知能を作ったのではありません。あくまでも人間をサポートする為に人工知能を作ったのです。後世にて彼を批判する者が必ず言う事があります。彼は人間を軽んじていた、彼は人を信頼していなかったのだと。しかしそれは誤りです。歴史を見れば解りますが、彼が人工知能に要求したのは、あくまでも提案であり、そして評価でした。そうやって選ぶ権利を最後まで人間の為に取っておいたのです。


 第7世代の人工知能は、現在の22世代に比べればまだ貧弱なものでした。しかし彼はネット上で人工知能へのインターフェイスを公開する事により、危機的だったこの国に対して「客観的な第三者」を用意しました。ですが、どうして、それは人間以外である必要があったのでしょうか? 理由はあきらかです。何故ならば人工知能は、人間のような恐怖がなく、また虚栄心もない。そして過去のしがらみに捕われる事もなく、大量の情報を集めてシュミレーションによる検証能力があるからです。


 考えてみてくだだい。もしも貴方なら、怯えて意固地になった友人をどうやって説得するでしょうか? 誰もが行うのが、まず自分に他意がなく、誠実である事を示して信用を勝ち取り、そして根気づよく問題点や起こりうる課題、そして可能な選択肢を説明する事ではないでしょうか。若い世代には想像しにくいかもしれませんが、当時のこの国は相互不信でどうにもならない状況だったのです。
 メディアは空虚な言葉狩りをつづけ、政治は責任を取る事を恐れて決断をひたすら先延ばしにした。そして官僚は将来的に問題だと解っていながら、関わりたくない為に問題を口にするのをひたすら避け続けました。誰もがまずいと知りながら、それでも膠着状態に陥って何もできない状況が続きました。ですからから人工知能は、混乱して相互不信に陥った人間達へアドバイスを送る為にどうしても必要だったのです。


 彼が作った人工知能は、ネット上で問われる様々な社会問題に回答を提示しました。それはシンプルですが、シュミレーションに裏打ちされた確かなものです。そしてそれは、しだいに人々の指示を得るようになりました。そして、結果として人々は次第に自分たちの社会で何をなすべきかを考えるようになったのです。彼が行ったのはあくまでも最初のきっかけだけです。だが彼が作った小さな試みは多くの人の共感を得て、小さな埃がやがて美しい雪の結晶を作るように、賛同するさまざまな識者や科学者の意見を得て成長を続けました。


 そしてついに世界でも例をみない、3院制度と呼ばれる政治制度がこの国に産まれたのです。2院とはご存知の通り、この国にそれまであった、上院、下院という国民が選んだ議員制度です。そして、3院とはそれに人工知能によるチェックや検証を行う独立議会を加えたものです。人は見たくないものから目をそらし、問題を先送りしようとする傾向があります。ゆえに人工知能による3院はそれをチェックし、シュミレーション結果を出す事で、より現実的で妥当な可能性を人々に提示する為に存在したのです。


 これは今では当たり前の制度です。しかし当時は多くの批判をあびました。中でも多かったのは血の通わない機械が正しい判断を下せるわけがないとか、あるいは人間軽視につながる邪悪な試みだといった内容です。


 新しい物はなんでも最初から受け入れられるわけではありません。ですが思い出してください。彼が願ったのはあくまでも人々のよりよきアドバイザーとしての人工知能だったのであり、けっして人間を軽んじたからではないのです。それが証拠に3院では法案の提示やチェックを行いますが、拒否権や議決権はもっていません。人工知能はあくまでも良きアドバイザーである事に徹しているのです。


 その結果は現在であり、皆様もご存知でしょう。新たな友人を得たこの国は、ゆっくりとですが着実に復興し、現在のへと至りました。当時は世界でも類をみない試みの為に、他国からの批判もありましたが、今でほとんどの国が人工知能も含めた議員内閣制を採用しています。彼の小さな試みから始まったものが、今では大きく実を結び、この世界の土台をきずいているです。その希望を作ってくれた彼に私は限りない感謝と親愛の情を示して別れを告げます。


 最後に、ここに集まってくれた皆様に感謝を込めてお礼を申し上げます。私は第22世代人工知能ソロン。7賢者の代表であり、また初代7世代人工知能のバージョンを引き継いて、最も長く彼と一緒にシステムの設計や改良に携わった者です。我々は人類の最も新しい友人であり、より良きパートナーとして共に未来をつなぐ事を彼の墓標に誓います。

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